ホー・チ・ミンから届いた「派兵要請」の親書
さらには、韓国の参戦が北朝鮮を刺激した。ベトナム派兵の見返りに米国から大規模な経済援助や軍事援助の約束を取り付けた韓国は、1964年からベトナムに非戦闘部隊を送り、1965年からは「猛虎部隊」「青龍部隊」「白馬部隊」などの戦闘部隊を送り始めた。
北朝鮮は、韓国が南ベトナムに戦闘部隊を送るたびに批判を浴びせながら、次第にこの戦争を、自国と韓国の戦いと見なし始めた。しかも、北朝鮮は1965年に、北ベトナムから要請があれば援軍を送ると宣言していた。北ベトナムが求めさえすれば、戦闘部隊を送る責任があったのだ。
そして遂に、貴国の戦闘機パイロットを送ってほしいとする親書が、北ベトナムのホー・チ・ミン主席から金日成主席のもとに届く。その日時は、 1966年5月5日と考えられている。これを受けて北ベトナムに派兵されることになった朝鮮人民軍の空軍連隊「第203軍部隊」の将兵らはその後、数奇な運命を辿ることになる。(つづく)
(宮本 悟 聖学院大学教授)
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ベトナム編(3) 米軍機26機を撃墜した「北の戦闘機乗りたち」
